大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)148号 判決
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【判旨】
一<証拠>によれば、被控訴人らは甲田花子の妹であること、甲田花子及び控訴人の戸籍には、控訴人が甲田花子の養子となる縁組の届出が昭和五一年三月二日兵庫県神崎郡香寺町長により受理された旨の記載があることが認められる。
二<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1 甲田花子は大正七年二月二一日甲田太郎と甲田ふみことの長女として生まれ、昭和一五年に乙野次郎と婚姻したが、同二二年に離婚し、その後は婚姻せず、昭和五一年四月七日に死亡した。
甲田太郎と甲田ふみことの間には、甲田花子のほか、甲田一郎(長男、大正九年二月二五日生)、丙川洋子(二女、大正一一年二月五日生、死亡)、甲田登(二男、大正一四年三月二日生)、被控訴人丁山順子(三女、昭和三年三月一八日生)、甲田文男(三男、昭和五年七月二三日生、死亡)、被控訴人戌谷明子(四女、昭和六年八月一二日生)があつた。
甲田花子には子がなく、甲田登には妻孝子との間に、甲太郎(長男)、弘(二男)、控訴人秀男(三男)の子がある。甲田太郎、甲田ふみこは昭和五〇年までには死亡していた。
2 甲田花子は、かねてから肝臓を患い、昭和四〇年代には二回に亘り入院治療を受けたことがあつたが、昭和五〇年一二月ころには倦怠感、腹部痛、食欲不振、褐色尿などの諸症状があり、姫路赤十字病院に通院治療を受け、昭和五一年一月には入院のうえ手術を受けるように勧められ、このころより仕事もしなくなつた。同年二月一三日兵庫医科大学病院に入院したが、手術は受けなかつた。このころには顔色も悪くなり、次第に衰弱して行き、同女の父太郎が肝臓癌で死亡していたため、自分も肝臓癌にかかつているのではないかと心配していた。同年二月二〇日ころに同女の諸検査の結果が判明したが、それによると、既に肝臓癌の末期的症状を呈し、手術も不可能な状態になつていた。同年三月三〇日神崎町立病院に転院し、同年四月七日肝臓癌のため同病院で死亡した。
3 甲田花子は、姫路市内で○○婦人服店の商号で婦人服販売業を営み、死亡のときには評価一億円を超える資産を有していた。同女は、右の資産が自分の死後に弟妹に分割されるよりも、この資産と営業とが一括して承継されることを望み、そのために養子を迎えてこれらを相続させたいと考えるようになつた。
その養子としては、兄弟の子であれば従前からの親しみがあり、血のつながりもあるから望ましいと考え、昭和四七年ころ甲田登に対し、その二男の弘を養子にしたいと申入れたが、弘が賛成しなかつたので、まとまらなかつた。
4 甲田花子は、昭和五一年二月初めころ、前記のような病状があつたので、万一の場合に備えて、急いで養子縁組をしたいと考え、甲田登、孝子夫婦に対し、控訴人を養子にしたいと申し入れた。同夫婦は花子の病状も知つて、右申入れを承諾し、控訴人もこれを納得した。
そこで、甲田花子は昭和五一年二月二日弁護士長澤泰一郎の法律事務所を訪れ、財産を控訴人に相続させたいので、控訴人を養子とするための手続を進めて貰いたいと依頼し、養子縁組許可申請を同弁護士に委任する旨の委任状に署名押印して渡した。同弁護士は甲田登、孝子の意思を確認したうえ、同年二月一二日甲田花子の代理人として、神戸家庭裁判所姫路支部に控訴人を養子とすることの許可申請をし、同月二〇日その許可の審判を受けた。
甲田登は、入院中の甲田花子より養子縁組の届出手続をすることの依頼を受けていたので、右弁護士から許可審判謄本と養子縁組届出用紙の交付を受け、その用紙の養親となる人の欄に甲田花子の氏名を記載し捺印するなどして届書を作成し、同年三月二日これを兵庫県神崎郡香寺町長に提出して届出をすませた。
5 甲田登は、甲田花子を病院に訪ね、養子縁組届出が終つたことを報告した。同女はそれを聞いて喜んでいた。
右養子縁組は甲田一郎や被控訴人らその他の親族には相談しないまま、秘密のうちに進められた。また、花子と登の間では、養子縁組がされたことをしばらくの間秘密にしておくことに合意された。
6 甲田花子は、適当な時期が来たら控訴人を自分の家に引取つて一緒に住み、経営を勉強できる大学にやりたいと考えていたが、養子縁組のときには既に入院中であつたから、死亡までの間に控訴人と一緒に住むことはなかつた。
7 甲田登、控訴人、被控訴人両名ほかは、昭和五一年四月六日に甲田花子を神崎町立病院に訪ねた。この際、花子は、「秀男ちやんはまじめな子でな、ええ子貰うた思つて喜んでいます。○○は取除いてはならない」などと言い、控訴人は、「○○は僕が継ぎます」などと言つた。これらの話は、甲田登により録音された。
8 甲田花子の入院等の諸手続は甲田一郎が行い、入院中の花子の世話と○○の営業は主として被控訴人らが行つていた。
9 被控訴人らは前記7の話を聞いてはいたが、正式に養子縁組届出までされていることは知らず、被控訴人らと甲田一郎ほかの親族は甲田花子死亡後に始めてこれを知つた。甲田登、孝子を除く親族は、弟妹のうち最年長の甲田一郎が喪主となつて甲田花子の葬儀を行うつもりでおり、現に甲田一郎が葬儀の世話をしていたが、甲田登から控訴人が養子となつていると聞かされたので、結局は控訴人を喪主として葬儀が行われた。
前記7の事実認定は、主として、録音テープ検証の結果と、そのテープの反訳であるという乙号証にもとづいている。ところで、控訴人法定代理人甲田登は原審昭和五六年一〇月一二日の本人尋問において、神崎町立病院での会話を録音したが、「そのテープは今はありません」と供述しながら、当審において控訴人訴訟代理人より録音テープとその反訳が提出されたこと、控訴人法定代理人甲田登及び被控訴人丙川洋子本人尋問の結果によれば、甲田花子はその際に被控訴人丙川洋子には白銀町の店を、被控訴人戌谷明子にはお城マートをやると話し、この会話も録音されたことが認められるのに、提出された録音テープにはそのような会話部分がないことは、甲田登にとつて不明朗なところである。しかしながら、被控訴人丙川洋子本人尋問の結果によつても、昭和五一年四月六日に神崎町立病院において、甲田登、被控訴人ら、控訴人、甲田花子らの会話が甲田登により録音されたことが認められ、右録音テープ検証の結果、乙五号証、及び弁論の全趣旨によれば、提出されたテープに録音されている限度では前記7記載のような発言があつた事実は認めることができるものというべきである。
三前記認定のとおり、養子縁組届出書の甲田花子の記名押印は同女の委託によつて甲田登によつて行われたものであるが、右届出が受理され、かつ、その届出が同女の意思にもとづくものである以上、届出書が自署によつてされていないことを理由として、養子縁組を無効とすることはできない。
四甲田花子が本件養子縁組をした主な目的が、自分の資産と営業とを養子に一括して相続させることにあつたことは、前認定のとおりである。しかし、相続も養親子関係の一つの効果であるから、それを受けることを主たる目的としたこと自体によつて、養子縁組が無効となるものではない。
そのうえ、前記認定のとおり、甲田花子は、従前から親しみのあつた甥を養子として選んでいること、適当な時期に控訴人を引取つて一緒に住み、大学にも行かせたいと考えていたこと、控訴人に自分が営み、愛着を持つていたと思われる○○の営業を引継がせたいと考えていたこと、死亡の直前においても、真面目な良い子を貰つたと喜び、控訴人においても○○を引継ぐと答えていること、などを考慮すると、甲田花子の側には控訴人との間で養親子としての精神的なつながりを作る意思があり、控訴人やその両親の側にもこれに応じる意思があつたものと認められるから、当事者間には真実に養親子関係を成立させる意思があつたものと解すべきである。
最高裁昭和三七年(オ)第一二三五号同三八年一二月二〇日第二小法廷判決(家裁月報一六巻四号一一七頁)の事案では、他の相続人の相続分を排する目的で養子縁組がされたものであるが、親子としての精神的なつながりを作る意思を推測させる事情は本件におけるほどは認定されていないのに、養子縁組を有効としているのであつて、この判断からしても、本件養子縁組が有効であることは明らかである。
五そうすると、本件養子縁組の無効確認を求める被控訴人らの請求は理由がないから、これを認容した原判決を取消したうえ、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(上田次郎 広岡保 井関正裕)